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 承前 古代出雲紀行(13) 出雲の国の一宮『熊野大社』

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 斐伊川下流域の川のそばに面白い神社があります。名前は『万九千神社』と『立虫神社』です。宮司で神社庁の参事でもある錦田剛志さんの直々の案内にて参拝することが出来ました。万九千とは元来はマキセ=巻 瀬 川の水が急流で瀬になっていた場所という意味が語源かもしれないとの御話です。

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 『立虫神社』は元来は虫=蛇を祭る神社という意味でしょうか。『万九千神社』に身を寄せています。

 さて、出雲には10月即ち、神在月に全国の津々浦々から八百万の神々が出雲に集まり重要な会議をしたそうです。九州から東北の今の秋田県あたりまでをカバーした地域、ひょっとすると近畿、東海、東国の地域の神々も参集されたかも知れない。

 出雲大社には神在祭の時に参集された神々の宿泊場所まであります。出雲の著名な神社では神在祭が重要なお祭りとして現在も行われております。 そして、この神在祭が終わったあと、八百万の神々は神在祭りの最後の会議と宴会(直会=なおらい)を複数個所に分散し行われるそうです。『万九千神社』はその一つで、多分、帰国に便利な斐伊川の津の畔のこの場所に集いました。

  問題は、あまりに出雲の人々は『おもてなし』が上手ですから、神々は帰路に着こうとしないそうです、そこで、これ以上滞在されては迷惑なので、無理やり追い出したそうです。梅の木の枝で神々の宴会されている部屋の戸を叩き、『おたち』と呼ぶそうです。これが『神等去出祭=からさでさい』と呼びます。

 神社のそばの橋の名前は今も神立橋と命名され、一畑電車の駅名は大津駅です。

 何とも、人間らしい神様たちの伝承ではないでしょうか。推測するに、年に一度、九州から東北までの津々浦々の航海民たちは集まり情報交換をしたのでしょうね。インターネットの無い時代です、大陸情勢や各地の産業の状況や武力勢力の状況や諸々の情報交換が行われたと思う。そして、一番大事なのが政略結婚の話ではないだろうか、越の国の姫川の翡翠を巡り翡翠の女王(ヌナカワヒメ)と大国主さんとの結婚も玉造技術を持つ出雲と翡翠原材料を産出する地域の経済連携だったと思います。

神様を追い出すのに、梅の枝で戸を叩くそうですが、京都では今も腰の重い客を帰す時は箒を逆さに立てるという風習があります。似たようなルーツかもしれない。

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 ところで、『万九千神社』『立虫神社』も遷宮にあたり、大規模な造営がされていました。僅かながら、ご協力しましたが、読者の方々の中でお客様をもてなすお仕事をされている人や法人さんは是非、ご寄進を御願いします。

参考 錦田剛志さん

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    世界中の遺跡や不思議な場所を探訪し人間の歴史の根底を探し求め、流離う好古旅行家。
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    京都府宇治市在住の、古代史を趣味にしている大学教授です。趣味がこうじてライフワークになりそうです。

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