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 承前 古代出雲紀行(12) 八雲立つ風土記の丘その6(新造院跡・瓦窯跡)

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 東出雲地方、即ち意宇川流域の地域を治めていた『オウの王』が崇めていた神社が 『熊野大社』です。 従い社殿は意宇川上流に鎮座しています、元来はもっと上流にある熊野山(天狗山)に鎮座されていたようです。

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 遥か彼方に見えるのが元鎮座地の熊野山(天狗山)が見えます

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 意宇川を渡る前に熊野大社の石碑と鳥居があります。出雲の出雲大社(杵築大社)よりも社格が高く一ノ宮とされています。 それには、出雲とヤマトとの歴史がかんけいしているのでしょうか。

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 熊野大社宮司の方が直接ご説明してくださいました。手を伸ばされている先の苔むした建物は、この神社を一番有名にしている『 鑽火殿』です。この場所で出雲国造であり出雲大社宮司は熊野大社より 燧臼(ひきりうす)・燧杵(ひきりきね)を授かり火を此処で起こすのです。

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 宮司さんが特別に 『 鑽火殿』に登り、写真のように 燧臼(ひきりうす)・燧杵(ひきりきね)

を見せて下さいました。檜で出来た燧臼と棒のような燧杵は空木で出来ているそうです。

毎年10月15日に催される 鑽火祭や国造交代(出雲大社宮司交代)の時は『熊野大社』に参じて燧臼(ひきりうす)・燧杵(ひきりきね)を受け取り火を起こす行事が必要です。

その時に『熊野大社』側の氏子である『亀太夫』が登場し国造(出雲大社宮司)に対して彼が持参し熊野大神に捧げる餅に文句をつけ、国造を苛めるそうです。国造は一切反抗せず耐え忍ぶ行事だそうです。

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 『熊野大社』が『出雲大社』よりも格上であることは、奈良平安時代に出雲国造が代替わりすると朝廷に参上し『出雲国造神賀詞』を述べるのですが、その時の順番が先に『熊野大社』が読み上げられるそうです。

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 祭神は『スサノオ』さんです、なんという人間くさい神話が残されているんでしょうか。この火を神より受け継ぐという思想はオリンピックを思い出しませんか。神聖な火はオリンポスで自然から採取された神聖な火をオリンピック会場まで運び、祭りが終わるまで燦燦と輝いています。

 以前、ギリシャ紀行をしたときにアテネの『パルテノン神殿』を訪問した時に博物館の学芸員の方が破風の彫刻を説明して下さりました、ゼウスの子供の姉の女神アテナイと弟の海神で粗暴なポセイドンとの戦いの場面でした。その時に感じたことは同じ海洋民族の子孫である日本人もギリシャ人も同じような神話を共有するということでした。

 人間くさい神話、沢山の神々が登場する神話、スケベな全知全能の神ゼウス、何かお母さんがギリシャ人で最後までギリシャ神話と出雲神話を愛した小泉八雲を理解できるような気がした。今年は没後110年だそうです。

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 最後に、紀伊の『熊野本宮大社』との関係ですが、二つ説があるようです。一つは出雲から移住した人々が出雲から勧進したという話と、元来、別の神であるという説です。確かにこの出雲の『熊野大社』には三本足のカラスが存在していませんでした。

 参考 熊野古道 中辺路紀行(2)(2008年5月20日)

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    世界中の遺跡や不思議な場所を探訪し人間の歴史の根底を探し求め、流離う好古旅行家。
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    京都府宇治市在住の、古代史を趣味にしている大学教授です。趣味がこうじてライフワークになりそうです。

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