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 承前 古代出雲紀行(5) 概要編 松江城

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 此れから、出雲東部、意宇川流域に栄えたオウ王国を旅しましょう。出雲西部の神戸川・斐伊川流域のフルネの王国は吉備・ヤマト連合軍の侵攻を受け滅びますが、東部のオウ王国地域は生き延び、やがて5世紀後半に雄略大王により吉備が滅ぶとオウ王国は出雲西部の地域も支配下に置くことになります。そして、その後も出雲国府は意宇川流域、大庭と呼ばれる場所に設置されるのです。

 先ずは、大庭の大宮さんと呼ばれる神魂(かもす)神社の訪問です。写真の本殿は国宝に指定されています。室町時代に建造された最古の大社造りの神殿です。

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 千木が水平なのはイザナミ(女神)を 祀っつているからだそうです。鰹木が3本です、男神かと思いますが、出雲では鰹木の数は関係ないそうです。

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 瓦の紋に注目です、亀甲紋の中に『有』という字が読み取れます、10月(神有り月)という意味だそうです。荒神谷遺跡で述べましたが、遺跡地域は神庭(かんば)西(斎・祭さいだに)谷 でしたが、ここは大庭と呼ばれています。

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 重要文化財の二間社流造りの貴布称稲荷両神社です

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 境内社の武勇社・蛭子社・荒神社・外山社だそうです

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  これは、『ひもろぎ』と呼ばれる神が降臨される依り代です。多くは木が依り代として使用されますが、この神社ではこのようなお姿でした。

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 後ろに洞穴があり、前には亀甲紋の六角形の穴が開いた灯篭があり後ろの『ひもろぎ』に神が降臨されると神社の紋である『亀甲紋に有』となる仕掛けなのでしょうか。

此処が一番重要な場所ではないだろうか。

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 境内社の杵築社(出雲大社のこと)・伊勢社(伊勢神宮のこと)・熊野社(熊野大社のこと)・釜と祀られています。釜が祀られているのは、天穂日命(あめのほひのみこと)が降臨する時に乗ってきた乗り物が釜だそうです。

 オウ王国の王が大事にした斎場だったと考えます、そして、その後出雲を支配下に置いた後はこの近くに国府が置かれ出雲国造として支配した重要な聖地です。

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 謎の配置です

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 参道です

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 神域への鳥居です

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 男坂と呼ばれる本殿への参道

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 本殿の橋脚部分

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    世界中の遺跡や不思議な場所を探訪し人間の歴史の根底を探し求め、流離う好古旅行家。
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    京都府宇治市在住の、古代史を趣味にしている大学教授です。趣味がこうじてライフワークになりそうです。

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