注目キーワード(PR) 国内旅行 海外旅行

 承前 出雲古代史紀行(2) 概要編 出雲大社

12

 須佐神社です、スサノオが逝去した場所であり、神戸(かんど)川 上流の小さな谷にあります。出雲駅からバスで40分ほどかかります、其処からタクシーで往復2千円程度です。こんな辺鄙な僻地からスサノオは出雲を制圧し、日本列島を続々と開拓したのだ。出雲を語るにはこの場所から話を始めなければならない。

13

 樹齢1300年の大杉です

14

 参考 須佐神社公式ホームページ

 スサノオはアマテラスの弟だが天上界では暴れまわり、アマテラスを困らせ天上界を追放された神である。しかし、出雲に降臨してからはヤマタノオロチを退治し、クシナダヒメを妻とし須賀の宮で落ち着き子供たちに恵まれることになっている。須賀とはアスカやヨコスガに通じる言葉であり、佐田(サダ)という場所も興味が深い。

サダは継体天皇の時代に百済に割譲した任那4県の一つ、サダゆかりの地名ではないかと推測している。実は、私が生まれ育った北河内の招堤村の近くにサダという場所があり、百済と関係が深い遺跡も近くに多く存在する場所でした。

15

 出雲市の駅から山陰本線に乗り、松江方面に向かい荘原の駅で下車し、タクシーで荒神谷博物館に向かいました。タクシーで5~6分の距離ですが、公共の乗り物が無いのが驚きでした。

16

 此処が1984年日本中を驚かせた荒神谷遺跡です、銅剣358本も出土し翌年はすぐそばから銅鐸6個、銅矛 16本が出土した。銅剣の数はそれまで日本列島で出土した銅剣の総数を上回る数であった。

17

 左斜面が銅剣、右斜面が銅鐸・銅矛出土場所です、この遺跡は本来、神庭(かんば)西谷(さいだに=斎谷)遺跡とするのが良かったと思います。

18

 赤米の田んぼです

19

 弥生時代の西出雲、すなわち神戸(門)川 流域と斐伊川流域と遺跡の関係図です。この頃はまだ斐伊川は宍道湖に注いでいない。

20

 参考までに、弥生時代の意宇川流域の地域の遺跡の関係と地形です

21

 出雲が進出した国々の代表が神庭(かんば)斎(祭)谷に集まり政治を決めたのではないでしょうか。

 

 

« 出雲古代史紀行(2) 概要編 出雲大社 | トップページ | フィンランドとバルト三国の旅(1) 速報版フィンランド編 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。


邪馬台国

このサイトについて

世界中を旅する歴史好きライターのレポート。世界遺産、自然遺産から日本の考古学にも触れます。邪馬台国関連情報もチェックできます。

ライター紹介

  • インデイ筒井インデイ筒井
    世界中の遺跡や不思議な場所を探訪し人間の歴史の根底を探し求め、流離う好古旅行家。
  • 浅茅原竹毘古浅茅原竹毘古
    京都府宇治市在住の、古代史を趣味にしている大学教授です。趣味がこうじてライフワークになりそうです。

携帯URL

ケータイ用アドレス

バーコードを読み取るか、ケータイにURLを送信してアクセスしてください。

携帯にURLを送る