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 承前 第20回『G4の会』 会津紀行(1) 五色沼編

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 『鶴ヶ城』です、八重の桜でも官軍と戦った場所です

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 蒲生氏郷が黒川という地名を若松に変更し7層の『鶴ヶ城』を建設したそうです。蒲生氏は今でも蒲生という地名が近江にあります、家内の母方の親族も蒲生です。若松という地名も蒲生にあり、鶴ヶ城の名前も氏郷の幼名である鶴千代から来てるそうです。

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 会津という地名も第10代天皇である崇神天皇の時代に遡ります。当時、皇族の武将4名を指名し北陸道、東海道、西道、丹波道を進軍させ、ヤマト王権の版図を広げた。北陸道は大彦命(おおびこのみこと)が将軍、東海道は大彦命の息子の武渟川別命(たけぬなかわわけのみこと)が将軍となり東征し、親子がこの地で出合った故事に由来する。

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 天守閣からの遠望です

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 左端のアンテナと重なる山の中腹に墓が見えますね、あそこが白虎隊自刃の場所です。飯盛山中腹となります。

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 中央奥に煙突がありますね、その奥に小さな森がありますが、そのあたりが八重が生まれ育った場所だそうです。

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    世界中の遺跡や不思議な場所を探訪し人間の歴史の根底を探し求め、流離う好古旅行家。
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    京都府宇治市在住の、古代史を趣味にしている大学教授です。趣味がこうじてライフワークになりそうです。

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