アンコール・ワットはアンコール・トムが建造される30年前にスーリヤヴァルマン2世(スールヤヴァルマンとも記述)(在位1113年~1150年)によりヒンドゥー教の寺院として建造されました。
当時はクメール王朝が隆盛であり東のチャンパ王国を攻め、西のビルマも攻めて勝利を得ていました。境内の規模ですが、東西1500メータ、南北1300メータの方形の区画を有し同時に幅200メータの深い周濠で守られています。まるで、日本の周濠で守られた前方後円墳や大阪城を連想させます。
不思議な事にこの寺院は死の世界である西を向いて建造されています、王の死後、廟となる事を想定して西を正面としたと考えられています。
正面の表参道は幅200メータの濠を渡り西大門(西塔門)に至ります。橋や正門にはナーガ(蛇神)の彫像があります。クメールの伝承ではインドから来た皇子プレア・トンが王位に着き、地元の女性の蛇ナーギーと結ばれた伝承があるのですね。
蛇神信仰は広く、東南アジアから長江流域そして日本列島まで広く古代に存在した信仰のようです。
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