近藤二郎氏の師匠である吉村作治氏の『屈折ピラミッド』に関する説を資料『吉村作治 エジプト博物館』を典拠にご紹介します。
結論だけを述べれば、『屈折ピラミッド』の下部部分はスネフェル王の父であるフニ王が建造したとする。何故なら同じ傾斜角度を持つピラミッドがフニ王在位中に二基建造されている。ところが、途中で父、フニ王は死亡し跡を継いだ息子のスネフェル王が自分の傾斜角度で途中から設計変更を行い建造を続けた。従い、屈折したピラミッドが完成した。
傾斜角度は重要で、王にとり自分のピラミッドの傾斜角度を持つものである。もうひとつ、重要な証拠がある。それは、ピラミッド内には二カ所の玄室が存在し、北側を入り口とする玄室が下部に築かれ、東を入り口とする玄室が上部に作られている。
これは、北極星を信仰する『星辰信仰』を父であるフニ王が信奉していたと考える。しかし、息子の第4王朝を開祖したスネフェル王は『太陽信仰』に激変したと考えられる。『太陽信仰』では太陽が昇る東が神聖な方角である。
又、上部の傾斜角度が『赤ピラミッド』と同じであるのもスネフェル王の傾斜角度である事を示唆している。
近藤二郎氏が述べる、参道に関する記述も吉村氏の説を補強する論拠になるかも知れない。
By: Indie Jo
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